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筆ぐるめ29コラム

季語の力を借りる葉書2022.08

季語の力を借りる葉書

想像を遙かに超えた暑さ。熱中症警戒アラートが発令される日々に辟易としている人も多いと思います。追い打ちのようにコロナの第七波。夏休みの旅行は諦め、再びの「おうち生活」を選択しているご家族も多いのではないでしょうか。
どこにも行けない、行かない。子どもたちが騒ぐ。家が片付かない。テレワークが巧くいかない。何もかもがイライラの種になってしまいます。まだまだ暑さは続く、長い長い夏は終わらないと、うんざりしているかもしれません。

秋の鱗雲

実は「夏」って、八月初旬で終わります。今年の立秋は八月七日。暦の上では、ゆっくりと秋が訪れているのです。
「いやいや、それって暦の上のことだけでしょ」とよく言われますが、気をつけて観察していると、案外そうでもないのです。
毎年、暦が秋になると、空の様子が変わってきます。夏の積乱雲に混じって、秋の鱗雲の子どもみたいな空を見つけたり、海の色に冷ややかな蒼が混じってくることにも気づきます。暑さは相変わらず残っているのだけれど、そうかこれを「残暑」というのだと理解したとたん、暑さの種類が違うことが分かります。夏の混じりっ気のない純度の高い暑さではなく、どこか濁った暑さになっているのが残暑なのだと、私たちの体が気づくのです。

   昼食はカレーと決めて残暑かな   稲畑廣太郎
   日めくりを剥ぎて只今より残暑   林翔

カレーライス

俳句は型の文芸です。下五の着地を「残暑かな」として、上五中七でその日の自分の行動をスケッチしてみる。あるいは、「○○残暑」と名詞止めで終わるのも型の一つ。俳句は言葉のパズルだと分かれば、案外ハードルは低くなります。
「新涼」という季語もあります。「涼し」は夏の季語ですが、「新涼」は初秋の季語。暦の上で秋になってから初めて感じる涼気をこのようにいうのです。美しい日本語ですね。


   新涼や日にちぐすりといふことば   稲畑汀子
   新涼や白きてのひらあしのうら    川端茅舎


上五を「新涼や」と決めて、中七下五で(季語を含まない)フレーズを作る。日々のささやかな出来事を十二音で呟き、季語の力を借りて俳句にする。たったこれだけのことです。
軽やかな一句を添えて、今年の残暑見舞いに挑戦してみませんか。

朝顔と風鈴


梅雨を楽しむ2022.06

梅雨を楽しむ

細長い日本列島を移動していく梅雨雲。一番早く梅雨入りするのは沖縄。今年は5月4日に梅雨入りをしたそうです。
南から順々に40日ほどの雨の日々を過ごす日本列島。雨が続くと出勤も登校も心が弾まず、洗濯物は乾かず、外で遊べない子どもたちは喧嘩を始める。鬱陶しいこと限りない梅雨です。
とはいえ、俳句というアイテムを持っている人々は、梅雨も楽しんでしまいます。

アンブレラ

梅雨に入る前、五月の中旬から下旬にかけてでしょうか、「あらもう梅雨が始まったのかしら」と思わせる雨が降ることがあります。「走り梅雨」です。旬の食べ物が出回る時に「初もの」とか「走り」とか言いますね。今年もその季節がやってきたか、という小さなワクワクが「走り」なのです。
句帳を手に、「走り梅雨」で一句ヒネってみようか、と思うだけで、心はプラスの方向に動き出します。さあ、いつもの基本型【5音の季語 + 12音の俳句のタネ】に、言葉をパズルのように入れるだけです。
まずは食卓にある俳句のタネを探してみましょう。

   かんぺきな半熟卵走り梅雨
   トーストにジャムをたっぷり走り梅雨
   走り梅雨今朝の紅茶はちょっと濃い

濃い紅茶

こんな調子で、57あるいは75をつぶやくだけで、俳句はポンポンできていくのです。
本格的な梅雨に入ると、「なんだか寒いなあ」「カーディガンが欲しいわ」という天候もあります。これが「梅雨寒」です。四音の季語は、「梅雨寒や」とすれば上五に置けますし、「梅雨寒し」とすれば上五でも下五でも使えます。
「梅雨」に関連する傍題はまだまだあります。「青梅雨」は、青葉を生き生きと濡らす雨。荒々しく激しく降るのは「荒梅雨」。逆に降らないのは「空梅雨」と言います。「五月雨」も梅雨の頃の雨を指す季語。卯の花の白い花弁を散らすように降り続く雨を「卯の花腐し」とも呼びます。美しい言葉たちですね。
梅雨の晴れ間の貴重な太陽。久々に、お庭やベランダに洗濯物を干していると、蝶もでてきます。これが「梅雨の蝶」という季語です。「梅雨の蝶」を使って、俳句で近況報告を伝えてみませんか。

蝶


   洗濯機買い換えました梅雨の蝶
   三人目つわりもなくて梅雨の蝶
   梅雨の蝶書道教室行ってます

こんな梅雨見舞いのハガキを、離れて住む両親や友人に送ってみませんか。可愛いイラストを工夫するのもいいですね。長い梅雨を楽しむ小さなアイデア、ご一緒にいかがですか。


桜にまつわる季語を楽しむ2022.04

桜にまつわる季語を楽しむ

俳句の世界で「花」といえば、桜を指します。
冬の季語「雪」、秋の季語「月」、春の季語「花」。これらは三大季語と呼ばれ、伝統的な美意識が結晶した美しい季語たちです。
さらに、これらの季語の周辺には、傍題と呼ばれる関連季語が犇めいています。
歳時記に載る季語は、六つのジャンル「時候・天文・地理・人事・動物・植物」に分類されます。「花」「桜」は、勿論植物の季語ですが、時代とともに他のジャンルに及ぶ様々な季語が作られ、育くまれてきました。

桜と電車

桜の開花を待つ私たちが、まず出会うのは「桜の芽」という季語。硬かった蕾がぷくりと膨らみ始め、蕾にかすかな色が生まれてきます。桜の木全体がほんのり色づき始めると、私たちの心もウキウキし始めますね。
この時期の天文の季語に「桜東風」があります。桜の蕾を育てる東風です。俳人たちは、風一つにもさまざまな名前を付け、季語として慈しんできたのです。蕾をびっしりとつけた枝をゆらす風にも名前があることを知ると、ただの風ではなくなるのです。
「花曇」も天文の季語です。桜が咲く頃の曇りがちな空のことを指します。この季語には「養花天」という傍題もあります。ただの曇り空ではなく、桜の花を養う空なのだよと思うと、こんなお天気も悪くないなと思えてきます。
さらに、お天気の気まぐれのおかげで、こんな美しい季語を体験することもあります。春の天文の季語「桜隠し」、桜を覆い隠すかのように降る春の雪です。三大季語のうちの花と雪を一緒に味わえるなんて、素敵なことですよね。
動物のジャンルには「花鳥」という季語があります。具体的な鳥の種類を指すのではなく、花に集まる鳥を意味します。鳥の名前を知らなくても、桜の枝々をくぐり跳ねる鳥たちを「あれが花鳥ね」と指さしてみると、その場の空気が明るく美しくなっていくような心持ちになります。

桜とメジロ

私が俳句コーナーを担当しているテレビ番組『プレバト!!』に出演中のフルーツポンチ村上さんが、「俳句を始めると世界に色が生まれます」とよく仰います。何気なく眺めていた日常の世界に、季語と呼ばれるものがあり、その一つ一つの事象や生き物を見つけては、「今日の風が桜東風だね」「この曇天が花曇か」と認識する。それがまさに「世界に色が生まれる」瞬間なのです。
桜が終わる頃にも、さまざまな季語があります。桜の花びらが散った後、地面がほんのり色づいていることに気づいたことはありませんか。桜の蘂が落ちているのです。その様子が「桜蘂降る」という美しい季語になりました。
春の終わりに咲き残っている桜は「残花」と呼ばれます。花を惜しむ気持ちが、こんな季語となったのです。
五月初旬には立夏となりますが、暦が夏になった後で咲いている桜は「余花」です。匂やかに余韻のような季語ですよね。
やがて、桜の木に小さな実がなります。「桜の実」です。その頃には、「葉桜」という生命感あふれる季語にも出会えます。
この春は、一本の桜を定点観測してみませんか。世界に色が生まれる瞬間を、ご一緒に体験してみませんか。

葉桜

春の近況伝える葉書2022.02

春の近況伝える葉書

俳句のある生活とは、古い暦とともに暮らす生活でもあります。今年の立春は二月四日。長い日本列島、まだまだ豪雪に見舞われている地方も多いのですが、暦の上ではもう春なのです。
春の訪れを告げるように鳴くのが「鶯」。この鳥は「春告鳥(はるつげどり)」とも呼ばれます。
離れてくらす家族や友達に、こちらは鶯が鳴き始めたよと一句したため、春の近況を送ってみませんか。俳句の出来を気にする必要はありません。一枚の葉書が届くことが嬉しいのですから。
とはいえ、俳句をどう作ればいいのか分からないという人たちのために、カンタンな方法を一つ伝授。

まずは、上五に「鶯や」と置いてみましょう。もうこれで俳句の約三分の一が出来上がっています。残りは、中七下五合わせてたったの十二音。この音数を使って、近況報告をおしゃべりするつもりで書き添えればいいのです。

   鶯や最近パンを焼いてます
   鶯や長女いよいよ独り立ち
   鶯や二人目の孫生まれます
   鶯やお洒落な杖を買いました

こんな調子です。季節の挨拶も近況も入っているわけですから、葉書いっぱいに筆ペンで大きく俳句を書くだけでOK。楽ちんです。
ついでに、消しゴムハンコで、自分の頭文字を平仮名一文字彫ってみましょう。葉書のすみっこに捺すと、朱色がアクセントになってワンランクアップ。小さな手間ですが、一度、このハンコを作っておくと、ずっと使えるので便利です。

消しゴムハンコ

いやいや、筆ペンで字を書くのは苦手です、という人もいるでしょう。そうなれば、いよいよ「筆ぐるめ」の出番です。
俳句らしい筆文字もいいのですが、俳句の内容によって、書体を選んでみるのも一工夫。明朝体は清々しい感じ、ゴシック体はポップな感じ。俳句に合わせて考えてみるのも楽しいですよ。
「筆ぐるめ」を使うのであれば、俳句に合わせた絵を添えるのもいいですね。どんな俳句にどんな絵を選ぶか。ここにも小さなコツがあります。
俳句には、「取り合わせ」という考え方があります。俳句はベタも野暮も嫌うので、ほどほどの距離感を大切にするのです。
例えば、「鶯や最近パンを焼いてます」という句に、鶯の絵を添えるのはベタ。鶯だから梅!という選択もありますが、少々野暮かもしれません。
となれば、パンの絵を添えてもよいのですが、俳句の中にはでてこないけど、この光景の中にあるものを絵として添えると、俳句とカットが一体となって、より素敵な春便りになります。例えば、パンをいただくときのコーヒーカップ、食卓の上に飾られたスイトピー、可愛いエプロンや三角巾の絵も楽しげです。
コロナ禍の巣ごもりが続きますが、こんな小さなトライが、豊かな時間となっていけば嬉しく思います。

俳句を考える人

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