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夏井いつき先生による特別コラム
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季節の変化を観察する楽しみ2023.08

季節の変化を観察する楽しみ

季語は、旧暦で春夏秋冬に分類されています。一般の皆さんの感覚からすると、「八月」は夏の真っ盛りかと思いますが、季語としての「八月」は初秋。ちなみに、今年の立秋は八月八日です。
日本の暦が、現在の太陽暦(グレゴリオ暦)に変更されたのは明治六年(一八七三年)。この新しい暦は、太陽の回りを地球が一周する周期を一年三百六十五日と定めています。古代エジプトを起源とする暦なのだそうですが、古代エジプトといえば王朝成立も約五千年前。そんな時代に、太陽と地球の動きを観察し研究していた人たちがいたことに、ささやかな感動を覚えます。

ピラミッド

日本が明治六年以前に使っていたのは、太陰太陽暦。私たちが「旧暦」と呼んでいる暦です。こちらは、月の満ち欠けと太陽の動きを組み合わせたもので、月の満ち欠けを一か月としています。
時代小説を読んでいると「うるう月」という言葉が出てくることがあります。これって何だろう? と思っていましたが、物の本によると、月の満ち欠けの日数(旧暦)と地球が太陽を一周する日数(新暦)には、十一日程度のズレがあり、そのままにしておくと暦と季節がズレてしまうのだそうです。だから、三年に一度、時には二年に一度「うるう月」を入れてるのだと。
なるほど、「うるう月」を作らなければ、八月に雪が降る? みたいなことが起こってしまうのですね。
   八月の雪か激しき月光か   夏井いつき夏井いつき先生

俳句を始めると、旧暦の感覚を合わせもって暮らすようになります。八月の立秋を迎えると、さあここから秋だと、歳時記も秋編に持ち替えます。そんな目で空を見上げると、入道雲の勢いが弱くなっていることに気づきます。鱗雲の子どもが生まれ、蜻蛉たちが飛び始め、海の色も紺を深くし始めています。
季節の声をいち早く聞き留め、季節の変化をこの目で捉える。それもまた俳人たちの楽しみでもあるのです。古代のエジプトの人たちも、似たような思いで空を眺めていたのかもしれません。

鱗雲

全方位全天候型の好奇心2023.06

全方位全天候型の好奇心

植物学者牧野富太郎さんをモデルにしたNHKの朝ドラ『らんまん』をご存じですか。神木隆之介さんが演じる主人公槙野万太郎は、とにかく植物が好きで、花を見つけると、しゃがみこんで腹ばいになって「可愛いのぉ」「触ってもエエかいのぉ」「この葉っぱのギザギザは見たことない形じゃのぉ」と話しかけるのです。
知らない人が見たら、ちょっとアブナイ人かと警戒するかもしれません。でもね、万太郎くんのこの気持ち、俳句を楽しむ私たちにはよく分かるのです。
俳句仲間と吟行(俳句を作るためのお散歩)すると、誰もが万太郎くんみたいになります。「ペラペラヨメナだ!」「何それ?」「可愛い~」 誰も彼もが、句帳を片手に気になる植物を観察し始めます。触ってみたり嗅いでみたり、季語との交信が始まるのです。

   うなづいて風にぺらぺら嫁菜かな   夏井いつき夏井いつき先生

万太郎くんは植物オタクですが、俳人たちの興味は、植物だけにとどまりません。池の周りを歩いていて、誰かが「あ、カワセミ!」と叫べば、皆集まってきます。「青いものが一瞬過ぎったのは分かったんだけど」「あの枝の付け根のあたりに巣がありそう」 皆、全身を目にし耳にして、次の飛来をじっと待ちます。
   水面なほ眩し翡翠待つ時間   夏井いつきどきどきわくわく

季語は、時候・天文・地理・人事(生活)・動物・植物と6つのジャンルに分類されます。俳人たちの興味が、森羅万象全てに及んでいることの証拠かもしれません。
例えば、「入梅」は、いよいよ梅雨の時期が来たよという時候の季語。同じ時候の季語「梅雨寒」には冷や冷やとした皮膚感があります。天文の季語「梅雨」の周辺にも様々な季語がそろいます。「空梅雨」は雨の降らない梅雨。「荒梅雨」は激しい梅雨。「青梅雨」は満目の青葉に降りしきる雨。「梅雨晴」は梅雨の晴れ間。雨が上がると動物の季語「梅雨の蝶」が飛び始め、夜の星が出れば「梅雨の星」。じとじとした地面に生えてくるのは植物の季語「梅雨茸」です。
こんなふうに、俳人たちの好奇心は全方位にして全天候型。だから、人生のアイテムとして俳句を手にしたとたん、退屈している暇なんかなくなってしまうのですよ。

探偵

故郷の父母への挨拶句2023.04

故郷の父母への挨拶句

俳句には「挨拶句」というジャンルがあります。たった十七音で挨拶を伝えるなんて、そんな難しいことはできないと尻込みする人も多いのですが、実はもっとカンタンに考えてよいのです。
高浜虚子は、皆さんもご存じの日本を代表する俳人の一人です。彼は、挨拶句を沢山残しています。

   足すこし悪しと聞けど花の陣   虚子桜

これは昭和二十七年の作。歌舞伎役者中村吉右衛門さんへのご挨拶句です。娘の立子さんは『虚子一日一句』(星野立子編・朝日新聞社刊)にて「父と吉右衛門さんの交りは俳句によっていよいよ深くなっていた。(中略)歌舞伎座の番附に贈った吉右衛門さんを詠んだ句である」と記しています。
上五中七の呟きに取り合わせる季語は「花」。桜のことです。下五「花の陣」とは、桜のような絢爛な役者さんたちの番附をイメージした言葉でしょうか。最近、足が少し悪いと聞いているけれど……という心配をそのまま呟いているだけですが、句を受けとる側は、その心遣いを有難く思うのです。
手紙虚子のこの句の型を参考に、自分なりの思いを相手に伝える俳句を作ってみましょう。仮に「故郷の両親も、足が少し悪くなってきたらしいのです」という方がいるとします。でも「足少し悪しと聞けど」は、自分らしい言葉ではないと感じるでしょう。ならば、両親に話しかけるような言葉で言い換えてみればいいのです。

   足ちょっと悪いと聞いて○○○○○

   ○○○○○足の具合はどうですか


この○の五音に、季節の季語を取り合わせればいいのですが、挨拶という意味では、故郷に似合った季語を選ぶのも一つのポイント。里山に住んでいる両親ならば「春の山」「水温む」、海辺ならば「春の海」「春の波」など。さらに、両親の好きな植物や生き物を取り合わてみるのもいいですね。「菫草」「ヒヤシンス」「燕くる」「蝶の昼」など、歳時記を開いて、親子だからこそ通じる合言葉のような季語を探してみるのもいいでしょう。
大切なのは、俳句の出来ではなく、伝えたい思いをそのまま呟いてみること。思いやる心が相手に通じれば、挨拶句として立派に成立するのです。
※高浜虚子の俳句と引用文の表記については、新字や現代仮名遣いに変更しています。

喜ぶ

転勤を伝えるご挨拶の一句2023.02

転勤を伝えるご挨拶の一句

日本列島を覆った寒気団。私の住む愛媛松山にも雪が降った一月。まだまだ寒さが……と身構えているのですが、今年の立春は二月四日。暦の上ではここから春が! と思うだけで心が華やぎます。
「春は別れと出会いの季節」といいますが、さまざまなご挨拶の心を、俳句に託してみてはいかがでしょう。
例えば、春は転勤の季節。○○の地へ転勤します、というご挨拶も、俳句一句でできればカンタンで気が利いています。
まずは、この型に言葉を当て嵌めていく練習から。

   ○○○○へ転勤辞令○○○○○

まだ雪深い土地への転勤辞令を受け取ったとなれば、「雪国へ転勤辞令」と書けばいいのです。大学進学以来、遠く離れて暮らしていた故郷への転勤が決まったとなれば、「ふるさとへ転勤辞令」ですね。まだ住んだこともない、訪ねたこともない土地への転勤だと「未知の地へ転勤辞令」。なんとまあ海外へ! だとすれば、「フランスへ」「イタリアへ」と四音の国名だとぴったり入ります。「台北へ」「リスボンへ」等、都市名でも勿論いいのです。
上五中七のフレーズが出来れば、あとは、下五に五音の季語を入れるとOKです。

   雪国へ転勤辞令木の芽風木の芽

まだ彼の地の雪は深いだろうけれど、やがて木の芽を育てる春の風も吹いてきます。新しい土地で、私も芽吹きます! 下五の季語「木の芽風」は、そんなメッセージを添えてくれます。

   ふるさとへ転勤辞令水温む

今度の転勤は故郷の町です。かつて鮒を釣って遊んだ川の水も温んでいる頃でしょう。季語がこんな気持を語ってくれます。
さらに、こうアレンジすることもできます。

   未知の地へ転勤春の霰跳ぬ

思いがけぬ辞令に驚いています。春の霰も跳ねまわりそうです。希望を持って、未知の地にて新しい生活を始めます!
季語の力を信じれば、くだくだと書かなくても、思いは真っ直ぐに伝わる。それが俳句の力でもあるのです。

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