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夏井いつき先生による特別コラム
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年を送る習い2023.12

年を送る習い

儀式というと大袈裟ですが、それぞれの家庭で年の暮の習いのようなものがあるかと思います。年末からハワイに旅発つという豪勢なお家もあれば、故郷に戻って父母とお正月を迎える、仕事が休めないので年末年始は普通の生活を送る等々。年々の家族の変化と共に、その習いも移り変わっていきます。

   大年の夕日見にくる奴らなり   夏井いつき夏井いつき先生

夏井家の場合、子どもたちがまだ小さな頃は、初日の出を尊ぶのならば、大晦日の夕日を拝むのも一興ではないかと、夕日の美しさで有名な双海町までドライブしていた時期もありました。
が、子どもたちも成長し、それぞれの家庭を持ち、今や老夫婦二人だけの暮らしとなると、年を送る習いも穏やかになってきます。

   裏山のにはかに暮るる掃納   中村智恵子年末の大掃除

「掃納(はきおさめ)」とは、年内最後の掃除。家の中のあそこもここもと掃除をしていると、気がつけば裏山あたりが俄に暮れていることに気づきます。やれやれと、一息ついた掃納。中七「にはかに暮るる」のリアリティに共感いたします。
私も元気な頃は、小晦日(こつごもり・十二月三十日)までには大掃除を済ませて……と気忙しく動いておりましたが、最近は、お掃除会社に勤めている娘婿が何くれとやってくれるようになり、他力本願な「掃納」を過ごしております。有難いことです。

   とし守夜老は尊く見られけり   与謝蕪村

「とし守る」という季語があります。大晦日の夜に眠らないで元旦を迎えることをいいます。家族皆で「とし守夜(としもるよ)」は「老(おい)=老人」は尊いものとして大切にしてもらうことだなあ、とでも訳しておきましょうか。
私たち夫婦はそれぞれ別のことをしながら、年を守るのが、ここ数年の習いです。夫は、大鍋にお雑煮の出汁を取り始め、私は次の原稿に向かいます。無理をしない、穏やかな年の夜。向かいの森には伊佐爾波神社の灯り。年を越せば、初詣の人々のさざめきが増えていく、いつもの歳晩です。

除夜の鐘

椿を守る庵主なり2023.11

椿を守る庵主なり

私が住んでいるのは俳句の都松山。街のシンボルでもある道後温泉本館は、2019年7月に保存修理工事を開始。いよいよ2024年7月に全館営業再開が発表されました。木造三階立ての正面玄関「道後温泉」のあの有名な看板が、いよいよ元通りに見られるのだと思うと、松山市民として心弾みます。
その道後温泉本館の裏に廻ると、斜め右方向に緩い坂があります。ホテル茶玻瑠を過ぎ、色とりどりのお結び玉が結ばれている圓満寺のお堂を眺めつつ尚も登ると、左手に一直線に伸びる坂が見えてきます。これが上人坂です。長い坂のどん付きにあるのが宝厳寺。時宗開祖一遍上人の誕生地とされている由緒ある寺です。その山門から三軒下にあるのが、私が庵主を務める伊月庵。貸出用の句会場です。

伊月庵

© Shinya Yoshida / DHW MATSUYAMA

伊月庵を建てた時、坂に面した庵の前に何の木を植えるか、少々悩みました。色々考えた末に、松山の市花である「椿」を選びました。庵の屋根を越えるぐらい大きくなる日を夢見て植えたのですが、これがなかなか育たないのです。

   ひね椿と呼ばれて花も咲きやせぬ   夏井いつき夏井いつき先生

句会に訪れる人たち、ご近所さんなど「日当たりが良すぎるんじゃないですか」「水やってます?」「肥料が足りないのかも」「性格が捻くれてる椿なのかも」と、色々な声が飛び交います。葉に艶がなくて、黄色い葉っぱも多く、花もあまり咲かないのです。日当たりが良すぎるのは今更仕方のないことだし、椿の性格まではどうしようもないので、せめて水と肥料は何とかしようと思い立ちました。
私たちがいないときは、隣に住んでいる我が妹ローゼン夫妻が水やりを引き受けてくれることに。更にささやかなSDGs活動も兼ねて、私は我が家の残飯を堆肥にし始めました。
二月の寒肥、九月の追肥を目安に、試みること一年。葉に艶で出てきました。黄色く病んだ感じの葉も少なくなりました。木に生気が満ちてきたように思うのは、手前勝手な親心でしょうか。いよいよ次の春、椿の花の付き具合が今から楽しみでなりません。

椿の蕾

コウラクの美しい樹2023.10

コウラクの美しい樹

「コウラク」とあれば、ほとんどの人が「行楽」の文字を思い浮かべるのではないでしょうか。俳句の季語としての「コウラク」は、「黄落」と書きます。橡、欅、山毛欅、銀杏などの広葉樹が黄色に色づいて落ちていくさまを表す季語です。
俳句を始めた頃は、どうしても「コウラク=行楽」のイメージが邪魔をするものですから、「黄落」という季語に違和感がありましたが、年を重ねていくごとに馴染んでいくようになりました。
それを強く実感したのが、愛媛県新居浜市の瑞應寺に吟行した時のことです。曹洞宗における禅門修行の名刹として知られる瑞應寺。その境内には、樹齢八百年といわれる大銀杏が聳え立っています。

大銀杏

私たちが訪れたのは、銀杏落葉が降りしきる日。早朝に、修行僧の皆さんが掃き清めるという境内ですが、地面は銀杏の葉の黄色で覆い尽くされていました。一枚ずつはらはらと落ちる時もあれば、一陣の風に激しく降る時もありました。
その黄色いひかりの中に佇んでいた時に初めて、季語「黄落」が体の中に入ってくるのが分かったのです。季語とは、知識として知るものではなく、体験として五感に感知させるものなのだと気づいたのです。以来、「黄落」とはなんと美しい日本語だろうと、大好きな季語になりました。

   百年を旅して黄落の一本   夏井いつき夏井いつき先生

後年、松山市の道後湯月町上人坂に伊月庵を建てた時。敷地に植える三本の樹を、「桜、椿、黄落の美しい樹」とお願いしました。
伊月庵が建って最初の秋、あれ? これはヤマボウシだ、と気づきました。山法師とは、夏に白い花を咲かせ、秋には紅葉が美しい樹。あ、そうか! 「コウラクの美しい樹」というリクエストを「コウヨウ=紅葉」と聞き違えたのだと気づいて、大笑い。ちょっとした勘違いのご縁に、山法師自身が戸惑っているのか、いまだに葉っぱに元気がありません。大丈夫、紅葉も愛しているよと、声をかけつつ、この樹もまた慈しんでおります。

ヤマボウシの紅葉

オトナの自由研究2023.09

オトナの自由研究

旅から旅を続ける日々。各局のテレビニュースで気象予報士の皆さんが、トマトを育てたり、蝉が鳴き始める日を調べたり、鰯雲の写真を撮ったりしている映像を目にしました。気象予報士さんたちの行動や視点は、俳人のそれに似ています。俳句を作る私たちは、季語という言葉を通して、日々自然を観察します。
広島在住の俳句仲間かつたろー。くんは、私のブログ『夏井いつきの「いつき組日誌」』に特派員報告を寄せてくれる常連さんです。この夏、彼が送ってきてくれたレポートは「蝉」について。自分ちの庭に、今年はやけに蝉の抜け殻が多いことに気づき、「羽化の失敗率」について調べたのだそうです。

調べる

これまでそれなりに蝉も観察し、蝉の句も沢山作ってきたと思っていましたが、彼のレポートには知らないことばかりが記されていました。私が一番驚いたのは、「羽化失敗確率は60%」という数字です。失敗する理由についても、体力不足から始まり、地面への落下による衝撃・敵に襲われる・何らかの理由で羽化する枝までたどり着けなかった・人に触られるストレス・羽化する場所が明るかった・騒音によるショック等々が記されていました。
蝉の種類によって期間は異なりますが、平均して数年、幼虫の姿で土にいる蝉たち。やっと土から抜け出しも、60%がそこで力尽きてしまうとは驚きです。これまで数々の羽化する蝉を詠んだり、他の人の句を読み解いたりしてきましたが、こんな数字を知るだけで、「蝉」という季語への認識が変わってきます。

考えが深まる

俳句を始めると、なんだか皆、勝手に面白がってオトナの自由研究を始めます。それは、季語の本意(それが本来持っている性質)を知るための作業でもありますが、好奇心を満たすための自発的学びでもあります。
今、私が抱いている興味は、今年の曼珠沙華の色と咲きぶりです。去年は少し色が薄いように感じていたのですが、今年はどうでしょうか。毎年定点観測している畦に行く日が楽しみな今日この頃です。

鱗雲

プロフィール



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