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花は桜2024.04
俳句において「花」といえば、「桜」を意味します。三大季語「雪・月・花」の一つ。大きな世界を内包した奥行の深い季語です。
「花」と「桜」には、それぞれ沢山の傍題があります。(傍題とは、関連季語の意。俳句では、本来の辞書的意味を離れて、慣用されている言葉です。)
俳人たちは、自分がその年初めて目にした桜を、「初花」「初桜」と呼びます。「初」の一字は、季語を愛でる心なのです。
旅人の鼻まだ寒し初ざくら 与謝蕪村
初桜に出会った旅人の鼻が、寒さで赤くなっているのでしょう。桜が咲く頃の寒さを「花冷」と呼びます。旅人と共に、初桜を見上げているような心持ちにさせてくれる一句です。
染井吉野にさきがけるのが山桜。赤茶色の葉と同時に白い花をつける姿が、印象的な桜です。
山又山山桜又山桜 阿波野青畒
漢字ばかりを連ね、山並みとそこに咲く山桜の様子を表現した一句。ついつい口をついて出てくる口誦性も、この句の魅力です。
時々こんな質問を受けます。「『花』と『桜』はどう違うんですか。『花』が2音、『桜』は3音。音数の違いですか」と。いやいや、それだけではないのです。
花の雲鐘は上野か浅草歟 松尾芭蕉
山に花海には鯛のふゞくかな 松瀬青々
これらは、日本の伝統美を核とした装飾的な「花」です。「花」という概念が、華やかな映像と化しているような感覚。金の下地に描かれた日本画のように鮮やかな印象がありますね。
売ものゝ札を張られし桜哉 小林一茶
したゝかに水をうちたる夕ざくら 久保田万太郎
かたや、「桜」は植物としての実体に軸足がある季語です。二句共に、写実的に桜を描いており、実景としての確かさがあります。
「花」と「桜」を味わい分けてみる。これもまた豊かな時間です。
いい、つばきの日2024.02
私の住んでいる俳都松山の市花は、椿です。一月二十八日を、「いいつばき」と語呂合わせして、そこから約三ヶ月間さまざまなイベントが開催されます。その一つが、「いい、つばきの日」記念イベント リモート句会ライブ。今年も、道後上人坂にある「ひみつジャナイ基地」から、生配信で句会ライブを楽しみました。
ままごとに椿の並ぶ日曜日 暖井むゆき
松山市文化・ことば課の皆さんが、折り紙の椿を飾り付けて下さったホワイトボードを背に、息子の家藤正人と二人で進めていきます。バックヤードには十数人のスタッフ。第四回となる今回はチームワークも抜群。余裕の表情で準備が進んでいきます。
手のひらへ移す椿の熱量は 亜桜みかり
私と正人の座っている卓には、さまざまな種類の椿がそれぞれ一輪挿しに飾られています。なかには、「子規」「律」と名づけられた椿も。松山の俳人正岡子規の名を冠した椿は、透明感のある白。子規の妹である律の名の椿は、優しいほのかな桃色。「子規さん」と親しみをもって呼ばれる兄と、その兄の看病に尽くした妹。松山市民に愛され続けている兄妹とその椿です。
大切な物は椿と共に置く 柿司十六
生配信が始まる二十分以上前、すでに九十人を超える皆さんが待機しています。チャット欄では「今年もこの日がきましたね」「初めての参加です、よろしく」「パソコンとケイタイ、二つ用意しておくと、視聴と投句がスムースにできますよ」と、参加者同士の交流が始まっています。中には、「間に合いました」とイギリスから、「こちらは朝の六時です」とドイツからの参加者も。世界がこんな形で繋がることができるとは、なんという時代の恩恵でしょうか。
パンドラの匣を椿で満たすまで 広瀬康
今回、最優秀賞にいただいたのは、この句です。パンドラの匣から逃げ出したのは「災い」たち。匣の底に残ったのは「希望」。予想もしない災いから始まった二〇二四年ですが、明るい椿のような希望を心に掲げ、助け合っていきたいものです。
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